パートナーへの帯同でキャリアを諦める必要はない-自分にしかできない道を求めて-

Chihiroさん

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基本情報

名前:Chihiro

最終学位:大学院

年齢:30代

性別:女性

出身地:東京

経歴

法科大学院卒業後、弁護士登録

中規模法律事務所、企業内法務部に勤務

2018年:Santa Monica College入学

2019年:Santa Monica College修了(Business Department Certificate取得)

 

インタビュー

いまされている活動を教えてください。

今は、アダルトスクールという、ロサンゼルス市が主に移民向けに提供している無料の語学学校に通って引き続き英語力の向上を目指しながら、今一番興味のあるアートマネジメントを学ぶため、アメリカの大学が提供しているオンラインの講座を受講しています。

アートマネジメントは、アメリカに来る前に働いていた環境とは全く異なる領域なのですが、大学に入るまでクラシックバレエのダンサーを目指していたこともあって、いつかは何らかの形で日本のバレエや劇場芸術を裏側から支えるお手伝いをしたいと思っているんです。アートマネジメントの分野は、日本に比べるとアメリカの方が圧倒的に学問も実務も進んでいるので、本も講座もたくさんあります。時間がある今、自分の大好きな分野の知識を増やす時間は至福のときです。

 

学校に行こうと思った/今の活動を選んだきっかけは?

元々日本の企業内弁護士として勤めていたのですが、主人の留学に伴い、会社を辞めて主人と一緒にLAに来ました。最後に勤めていた企業では、新規事業が日々立ち上がるような部署の法務担当として、新規事業が生まれる前から、担当者と一緒に法的リスクを調査したり、利害関係者の契約スキームを検討する仕事をしていました。弁護士としてのキャリアを開始した当初から、事業会社の外でクライアントからの相談を待っているのではなく、ビジネスに近いところで新しいものを一緒に創り上げる仕事をしたいという思いが強くてこの会社に転職したのですが、実際担当してみたら性にも合っていました。

 

なので、LAに行くことが決まって、日本に戻ってきたあとのことを想像したときに、これまでやってきたような起業家の支援を続けたいなと思い、この思いをベースに何かを身に着けてこようと考え始めました。弁護士というと、アメリカの法科大学院で学ぶ選択がすぐに頭に浮かぶのですが、私が仕事をしながら不足していると感じていたのは、アメリカ法の知識というよりは、起業家が検討すべき法務以外の分野の知識や、幅広い知識を踏まえたもっと実践的な支援のあり方でした。

 

そこで、もっと弁護士としての幅を広げるべく、起業(アントレプレナーシップ)について広く学べるプログラムを選ぼうと考えました。それと、もう少し後ろ向きの理由を言うと(笑)、主人の留学期間は2年の予定だったので、2年間キャリアに穴が空いてしまうのが怖いという気持ちも強かったです。なので、とにかく「何かやらなきゃ!」との思いの中で、何を学びたいのか必死に考えました。

 

学校選択の基準・決め手など

渡米する直前まで日本で働いており、英語のリーディングも得意ではなかったので、自ら多くの情報を調べる余裕はありませんでした。そこで、まずはエージェントを探し、主人が通う予定の大学に近くて、総合的に学べる大学はないかと相談した結果、同エリアで一番大きくて、アントレプレナーシップのプログラムもあるサンタモニカカレッジ(SMC)を紹介してもらいました。

 

日本に戻ってきてから転職する時に履歴書に書くことを考えると、USCやUCLAのエクステンションも選択肢にはありましたが、USCは学費が高すぎて自費では通えませんでした。また、UCLAは、アントレプレナーシップに特化したコースはなかったことに加え、私の興味のあるコースはcertificateの取得までに少なくとも3学期かかることがネックになりました。主人が大学を1年で卒業した後、2年目もLAに残るかアメリカの他の地域に行くかが当時は決まっていなかったので、LAには9ヶ月くらいしかいられない前提で大学選択をしなければならなかったんです。

 

パートナーとして帯同する場合、どうしても主たる留学者の都合に合わせなければならないので選択肢が狭められてしまうのですが、私はじっくり選んでいる暇もなかったので、SMCに一気に絞れて気持ち的には楽になりました。

 

留学前に大変だったこと、どうやって克服したか(金銭面、家族の説得、推薦状依頼など)

渡米直前に勤めていた会社は、転職して3年半経ったところで、自分自身の視座がやっと高くなってきて視野が広がりかけてきたころでしたし、社内にもたくさんのつながりができてより刺激を受けるようになってきたタイミングでした。なので、主人に帯同することでキャリアが絶たれるマイナスのインパクトは相当なものでした。当時は仕事にかけている時間がほとんどだったこともあって、帯同に伴って仕事を辞めるとアイデンティティクライシスに陥るのではないか、との不安が一番大きかったです。もともと行動していないと落ち着かない性格なので、「やることがなくなる」恐怖は人一倍だったと思います(笑)不安を和らげるには生活を充実させるしかないと思い詰めましたが、(ビザの関係で)通学かボランティアしかできないので、まずは大学に行くことに決めたのです。

 

また、私は幼稚園のころに親の転勤でサンフランシスコに住んでいた以外海外生活経験もなかったので、今回がほぼ初めての海外生活でした。なので、LAに移ってからの生活を思い描こうにも、不安なことが何なのかさえわからないという漠然とした不安にも襲われていました。結局、最後まで「行きたくない!」と騒ぎ続けながら、不安を全く払拭できない状態で渡米しました(笑)

 

主人について行かずに仕事を続けるという選択肢もギリギリまで考えていましたが、海外での生活は誰でも経験できるものではない、2年の期間限定で帰ってこれる、本当に嫌になったら帰ればいい、の3点で帯同することを決めました。結果、渡米以降一度も日本に帰りたいと思ったことはありません(笑)今になってみれば、「考えすぎず来ちゃいなよ、来てみたら良さがわかるよ」と当時の私に言ってあげたいです(笑)

 

学校に通ってみて/活動をしてみて良かったこと・気づいたこと

1つ目は、日本が海外からどう見られているのかを授業を通じて知ることができた点です。アントレプレナーシップのプログラムには、起業家精神のマインドを学ぶ授業や、会計・法律の基礎を学ぶ授業の他に、様々なビジネスの仕組みやその成り立ちを学ぶ授業がありました。その授業では、各国や有名企業の発展の手法を、関税などの経済システムや、資本主義・社会主義といった社会体制や思想、企業文化など、様々な視点からケーススタディで学びました。

そうすると、驚いたことに、日本の事例がたくさん出てくるんです。全部で17章あった全テーマを通じて、日本と日本企業の登場回数は特に多く、そして良くも悪くも取り上げられた国だったように思います。「良くも悪くも」の意味は、高度経済成長期の経済成長率やトヨタの「カイゼン」として知られる効率化の事例など、素晴らしい事例が華々しく取り上げられる一方、バブル以降は経済停滞から脱することができず、人口が減少して徐々に衰退している、との寂しい評価でも取り上げられていました。日本にいても、何となくは気づいてはいましたが、日々の生活を淡々とこなすだけでは世界の中の日本という視点で具体的に考えることはなかったので、「海外から見る日本」がどのようなものかを知り、自分の国を客観的に捉えられたのは新鮮でした。

 

2つ目として、起業家精神のマインドを学ぶ授業で面白かったのは、「1日実際にビジネスをやってみる」という体験型の授業です。4人ずつのグループに対して、教授からそれぞれ5ドルが渡され、その5ドルで1日ビジネスをして多くの収益が出たグループが勝ちというものです。ビジネスの内容に制限はありません。

 

例えば、ハリウッド山や学校の周辺でペットボトルの水を売るグループもいれば、女性2人でメイクのコンサルサービスを行ったグループもいました。私たちは、20歳の女の子のクラスメートの「アイスを作りたい!」の一言で、手作りアイスを作って学校の一角で売ることを決めました。30代の男性メンバーが飲食店を経営していたことも幸いして、自分たちが持つリソースをフルに持ち寄り、5ドルで材料を揃えることができました。当日は、よく晴れたこともあり想像以上の学生が集まってくれ、1個1ドルのアイス販売2時間で50ドルの利益を出すことができたんですよ。楽しかった!この体験型授業を通じて学んだことをまとめれば、「Think Big, Start Small, Act Fast」でした。

 

私は、アメリカに来てからというもの、英語が十分に話せないこともあって、持ち味だと思っていた「行動する」性格をすっかり出せなくなっていたのですが、この学びを得てからようやく動けるようになってきたように思います。英語学習のブログを立ち上げてみたり、Ref.代表のあやちゃんと留学に関するアンケートをFacebook上で実施するなど、今のPathfinders’につながるきっかけとなる小さな行動を開始したのもこのあとのことでした。

 

最後に、社会人になってから留学したことも良かったと思うことの1つです。すでにある程度世の中やビジネスのことも分かった上で新たな知識をインプットすると、学生の時よりも明らかに吸収できる内容が多いように感じました。ある程度働いた後に新しいことを海外で学ぶのは、新たな世界に目を開かせるきっかけになると思います。

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学校に通ってみて/活動をしてみてガッカリしたこと

1つ目は、カレッジだと、地元の高校を卒業したばかりの生徒が圧倒的に多く、私に比べるとかなり若い学生ばかりでした。私も高校卒業したてのときは同じでしたが、まだ社会経験がないため個人としての考えも成熟していないですし、社会や自国のことも十分に理解できていないのです。その結果、授業で刺激的な議論が行われるかというと、そうではなかったように思います。とはいえ、私も英語で議論などできない状態だったので、やっと理解できるレベルでちょうどよかったのですが(笑)

 

2つ目は、私のプログラムはアジア人すら少なくて現地学生が多く、なかなか会話を弾ませることができなかった点が残念でした。私は主人がロースクールに通っていたこともあって、世界中から集まるロースクール生との飲み会やパーティーにも参加する機会がありましたが、その時に思ったのは、英語ができなくても共通項があると話が盛り上がりやすく、友達関係を築きやすいということです。カレッジでは、ほとんどの学生が10歳以上年が離れ、バックグラウンドも大きく異なるので、なかなか仲の良い友達が作れないのが悩みでした。これは、私があまり英語を話せず積極的になれなかったという事情も大きいので、残念というか自分の実力不足への反省でもあります。

 

それに、「一から友達を作る」ということ自体遠い昔すぎて、友達の作り方を忘れていたというのもあったと思います(笑)。日本にいたときは、自分からどんどん話しかけていけるタイプだと認識していたのですが、そういえば自分は根っこの部分では人見知りだったことを思い出しました。言語というコミュニケーション手段を奪われると、自分を覆ったり武器になってくれるものがなくなるので、結構本質的な部分が表面に出るものだなと痛感しました。もしも、渡米して時間が経ってからカレッジに通っていたら、少し違う感想を持ったかもしれません。今になって思えば、私の場合は、キャリアに穴が空くことに焦らず、まずは英語にある程度自信がついてからアカデミックな学習と友達の輪を広げるプロセスに進めばよかったかな、と思います。

 

海外での生活を経て、新たに気づいた価値観や自分が変わったと思うところは?

小さな話ですが、ニュースや社会の動きへの関心の幅が広がり、情報収集にかける時間が圧倒的に長くなりました。日本で仕事しているときは、業務をこなすことこそが社会に貢献していることだと思っていたので、とにかく自分なりに一生懸命仕事をすることばかりにフォーカスしていて、新聞も自分の業務に関わりそうなニュースだけを読む毎日でした。ただ、今思えば当たり前ですけど、自分が業務で関わっている事象なんてほんとに小さな世界で、仕事にのめりこめばのめりこむほど、視野が狭まっていったように思います。そう思うようになったので、たぶん、今は、昔のように仕事を詰め込みすぎると、その狭い世界に飲み込まれそうになって息苦しく感じるのではないかと思います。これは、私にとっては本当に大きな価値観の変化です。

 

また、渡米してみて一番自分を変えたと思うのは、自分を見つめ直す時間が増えたことによると思います。日本にいたときは、目の前の業務をこなして日々暮らすことにいっぱいいっぱいになってしまっていて、中長期的に人生をどうしたいのか考える余裕はありませんでした。会社はたくさん考える機会を与えてくれていましたが、全く活かしきれていなかったと思います。なので、アメリカに来て、自分の拠り所だった仕事もない何もないまっさらな状態で、いくらでもある時間を使って、自分の使命は何か、社会にどう貢献したいのか、家族とどう過ごしたいのか、などに思いを馳せることは、私にとってはとても重要な時間でした。

 

冒頭で話したアートマネジメントの学習や劇場芸術の鑑賞に積極的に行くようになったのも、悶々と考え、何度も逡巡する中で「自分にしかできないことをしたい」と考えて取り組み始めたことです。日本のバレエや劇場芸術の世界について、気になっていること、取り組みたいことがたくさんあるんです。その中でもどんな分野についてどんな関与度で関わっていくのかはまだ具体的にイメージできていないのですが、今はせっかくアメリカにいるので、こちらでしか得られない知識や経験をできる限り吸収していきたいと思っています。そして、このインタビューを受けた以上、日本に帰ってからこのLA生活を生かしてしっかりそして楽しく社会貢献することで、次世代の留学を志す人たちが留学に踏み出す一歩の後押しをすることは義務みたいなものと自分にプレッシャーをかけつつ(笑)、これからも積極的に動いていきたいと思っています。

 

編集後記

自分のやりたいことに向かってパワフルに活動するChihiroさん。家族と仕事とのどちらかではなく、どちらも両立するために柔軟に行動していく姿勢は、お手本にしたいといつも思わされます。いち友人として、海外に出る人がもっと増えてほしいという思いから一緒にアンケートをとったりRef.の活動を始めたりと、熱くて優しいハートを持つChihiroちゃんにはいつも助けられています。LA生活を経てさらにパワーアップしたChihiroちゃんのご活躍を楽しみにしてます!

 

インタビュアー:Aya Yoshino